介護保険事業のICT化とは?導入できることから始めて業務の効率化を図ろう
IT機器を導入することで、生産性の向上のみならず介護の質の向上や利用者の満足度向上につながる可能性があり、導入事業所数は年々増えています。
ICT導入に際し、介護現場でのメリット・デメリットを踏まえ、導入を検討しやすい業務をご紹介します。
目次
ICT化とは何か
まずICT化とは何かを整理しておきます。似たような用語として、IT化やDX化などがあります。これらとICT化の違いについてご説明します。
まずIT化とは、単なるデジタル機器の導入です。コンピューターやネットワーク機器を使って、生活や仕事を便利にすることをいいます。
次にICT化とは、IT化をより進めて、業務の効率化とサービスの向上を図るレベルにまで引き上げることです。またDX化とは、ICT化をさらに推進して、仕事のやり方やビジネスモデルまで組織を根本から変えることです。
このようにそれぞれ実施する目的は異なります。ICT化においては機器の導入を行い、業務効率化やサービスの向上を実現させるといった全体像をあらかじめ理解しておきましょう。
介護保険事業にとってのICT化とは
介護保険事業にとって、ICT化の最大のメリットは情報共有です。
IT機器を導入し、ネットワーク機能を活用して情報を共有し業務と効率化とサービスの向上を目指します。
具体的には以下のようなIT機器を導入し、その結果サービスの向上や開発につなげていくことが挙げられます。
- ・介護ソフトの導入
- ・タブレットの導入
- ・スマホの導入
- ・インカムの導入
その結果として、次のような効果が期待されています。
- ・間接業務に要する時間の短縮(記録の省力化:音声入力、バイタルの自動転送)
- ・ミスの減少
- ・ケアの質の向上
- ・情報共有がスムーズに
- ・コミュニケーションの向上
さらに、介護現場をICT化することでいわゆるビッグデータの蓄積が可能となります。
国が強力に推進しようとしている科学的介護、エビデンスに基づく介護サービスの提供も可能となるでしょう。
見守り機器やインカム等を導入した場合には一定の条件のもとで夜間配置基準を緩和することができ、間接業務においても電磁的な説明・契約及び記録が認められました。国はこれらの施策を進めるため厚生労働省老健局内に介護業務効率化・生産性向上推進室を設置して専門的な研究と情報発信をしています。
介護現場でICT化が進まない3つの理由
このようにITC化は介護現場で働く職員やサービスを受ける利用者にとっても大きなメリットがありますが、実際の介護現場ではなかなか進んでいないのが現状です。では、ICT化が進まない理由はどこにあるのでしょうか。
一般にICT化を進めるにあたり、デメリットまたは阻害要因とされているものは以下の3点だと言われています。
①職員の賛同が得られない
目の前の業務に日々追われる職員にとって、業務フローが変わることは多くの場合ストレスとなります。今まで構築してきたやり方を変えることに難色を示す職員は少なからずいるでしょう。特に勤務年数の長い職員のほうがこの傾向が強いと思われます。
しかし、ICT化の目的は業務の効率化です。「今までのやり方で問題ないから業務フローは変えたくない」という意見では業務の効率化を進めることができませんので、いかに効率化が必要かを説明し納得してもらわなければなりません。なぜ今ICT化を進めなければならないのか、職員全員の意識を統一することが成功の鍵となるでしょう。
②セキュリティ対策を強固にする必要がある
ICT化はさまざまなIT機器を使用してインターネットをフル活用します。PCをはじめ、多くのIT機器をインターネットで接続するため、インターネット上での攻撃、いわゆるサイバー攻撃を受けやすい状態となります。そのため強固なセキュリティ対策を講じる必要があります。
機密情報を多く取り扱う介護現場では情報管理が必須です。情報は水と同じで、低いところから漏れていきます。職員教育を徹底して情報管理意識を高め、セキュリティの穴を塞ぎ続けなければなりません。場合によってはセキュリティ担当職員を配置することも検討しなければなりません。
③導入と教育に時間とコストがかかる
ICT化を進めるときには、IT機器の導入だけでなく、機能を有効に活用できるように教育が必要です。ICT化は業務の効率化を目的としているので、仕事の進め方そのものが変化することも多くあります。
そのため研修などを通して継続した教育を行うことはもちろん、場合によっては取引先などにも周知が必要になることもあります。
世界から見た日本のデジタル競争力
電車に乗ると、ほとんどの人がスマートフォンを触っています。IT機器の普及はかなり進んでいることが実感できます。
しかし、IT機器は十分に活用されているのでしょうか?これらをみる指標として、世界デジタル競争力ランキングというものがあります。これはスイスのIMD(国際経営開発研究所)が毎年発表しているもので、これによると日本は毎年順位を下げており、2022年度は世界第29位でした。アジア諸国でもシンガポール、香港、台湾、韓国、中国などに大きく後れをとっています。
日常生活ではIT機器の普及はかなり進んでいることが実感できますが、これらを活用して業務を効率化したり、サービスを向上させたりといったことにはまだ十分に活かされていないということでしょう。まず介護現場で何ができそうか、限られた時間とコストの中で優先してすべきことを社内でしっかり議論することが必要です。
ICT化の目的を決め、導入できるところから始める
そのためにはICT化の目的をはっきりさせなくてはなりません。何のためにやるのかについて職員全員で共通認識を持たなければ進みません。
介護現場で共通認識を持ちやすく、実感できることはまず記録の効率化でしょう。介護記録は職員にとって大きな負担となっています。
ICT化を考える際にはまず手始めに、記録の効率化を目指してみてはどうでしょうか。食事や排せつ、バイタルの記録なども転記することなく記録できるものもあります。これらを使用して職員に業務の効率化を実感してもらい、検証と評価を繰り返して職場にマッチしたものにしていきましょう。
また、見守りセンサーやインカム導入も前向きに検討できます。センサーは特に夜間など配置が少ない時間帯は有効であることがわかっています。インカムを使用すれば介護現場を離れることなく情報交換と情報共有が可能となります。
介護人材の確保難は今後も続きます。ICT化の推進は介護現場の喫緊の課題です。今までと同じやり方では通用しなくなる日が近づいていることを職員全員で認識して、業務の効率化を推進し、サービスの向上につなげていくことが期待されています。
伊東 理(いとう ただし)
辻・本郷 税理士法人 社会福祉法人部 シニアコンサルタント
2021年辻・本郷 税理士法人社会福祉法人部に入社。20年以上社会福祉法人会計に携わっており、措置費から介護保険に移行した2000年会計基準への移行支援以降、多数の種別において会計指導を担当している。
また、2008年から東京都、千葉県、埼玉県内における福祉サービス第三者評価事業にも従事しており、介護保険施設・障害施設・児童施設の福祉現場で評価を実施している。