医療機関における資金繰り改善の実務ガイド
目次
医療機関の財務構造と特徴
医療機関の財務構造は一般企業とは大きく異なります。最も特徴的なのは、収入の大部分が公定価格である診療報酬で決められていることです。これは原価の上昇を価格に転嫁することが難しいことを意味し、収益管理において大きな制約となります。
支出面では、人件費が売上高の50-60%を占めることが一般的です。これは医療が人的サービスを本質とすることに加え、医療法で定められた人員配置基準を満たす必要があるためです。また、医療機器の導入や更新、建物の維持管理など、多額の設備投資も必要となります。
例えば、300床規模の一般病院の場合、月間の人件費は通常1億円を超え、医療材料費が3,000-4,000万円、委託費や光熱費などの経費が2,000-3,000万円程度発生します。これらの固定費は、収入の増減に関わらず毎月確実に支払う必要があります。
運転資金の適正化と管理
安定的な経営のためには、適切な運転資金の確保と管理が不可欠です。医療機関における適正な運転資金規模は、月間固定費の2-3ヶ月分が一般的な目安となります。
例えば、月間固定費が1億5,000万円の病院では、最低でも3億円程度の運転資金が必要となります。これには人件費、材料費、経費などの支払いに加え、予期せぬ支出への備えも含まれます。特に、賞与支給月や高額医療機器の支払時期には、通常以上の資金需要が発生することを考慮する必要があります。
実務的な管理手法として、資金繰り表の活用が有効です。資金繰り表には、日次の入出金予定、週次の資金残高見込み、月次の収支計画を記載します。特に注意が必要なのは季節変動です。例えば、年末年始や大型連休期間は外来患者数が減少し、収入が減少する傾向にあります。このような変動を予め把握し、必要な対策を講じることが重要です。
ある病院では、過去3年間の月別収支データを分析し、季節変動パターンを明確化しました。その結果、8月と1月の収入が他の月と比べて15-20%低いことが判明し、この時期に向けた資金準備を計画的に行うことで、資金繰りの安定化を実現しています。
人件費・材料費の最適化
人件費の最適化は、医療の質を維持しながら進める必要があります。重要なのは、業務効率化とスキルミックスの観点からの検討です。
業務効率化の具体例として、ある病院では看護師の勤務シフトを見直しました。患者の生活リズムに合わせた人員配置を行い、繁忙時間帯に重点的に配置する一方、夜間帯は必要最小限の人員とすることで、超過勤務の削減と効率的な人員活用を実現しています。
また、医療クラークの活用も効果的な取り組みの一つです。医師の事務作業を医療クラークに移管することで、医師は本来の診療業務に集中でき、結果として診療効率が向上します。ある診療所では、医療クラーク1名の採用により、医師の事務作業時間が1日あたり2時間削減され、その分を診療に充てることで、月間収入が約150万円増加しました。
材料費の適正化については、在庫管理の徹底が基本となります。特に使用期限のある医療材料や医薬品は、過剰在庫が資金の固定化を招くだけでなく、廃棄損失のリスクもあります。実務的なアプローチとして、以下のような取り組みが効果的です。
定数管理の実践では、各部署の使用実績を詳細に分析します。例えば、ある病院では部署ごとの定数を月間使用量の2週間分に設定し、それを超える発注には部門長の承認を必要とする仕組みを導入しました。この結果、在庫金額を従来比30%削減することに成功しています。
医薬品の購入についても、同様の視点が重要です。後発医薬品の採用拡大や、同効薬の整理による品目数の削減などを通じて、在庫の効率化を図ることができます。ただし、これらの取り組みは医療の質に直結するため、医師との十分な協議のもとで進める必要があります。
収益性の向上策
収益性の向上には、診療報酬以外の収入源の確保も重要です。健診・検診部門の強化は、その代表的な例です。企業健診や人間ドックは、予約制で実施できる上、料金設定の自由度も高く、安定した収益源となります。
実績のある病院では、健診部門を独立した事業部として運営し、専門スタッフの配置や最新機器の導入により、サービスの質を高めています。その結果、年間6,000件の健診実施により、約3億円の収入を確保しています。この収入は診療報酬と異なり、実施後すぐに入金されるため、資金繰りの改善にも貢献します。
また、医業外収入の確保も検討に値します。具体例として、院内の売店やカフェの運営権収入、駐車場収入、医療機器のリース収入などが挙げられます。ある医療機関では、敷地内に保育所を誘致し、職員の福利厚生と同時に、安定した賃料収入を確保しています。
設備投資と資金調達
設備投資は、医療の質の維持・向上のために不可欠ですが、その実施には慎重な判断が必要です。投資判断の基準として、以下の視点が重要です。
まず、投資の必要性と緊急性を評価します。例えば、CTスキャナーの更新を検討する場合、現有機器の稼働状況、修理頻度、保守費用の推移などを分析します。同時に、新規導入による収益改善効果も試算します。ある病院では、最新のCTスキャナー導入により検査時間が半減し、検査件数が1.5倍に増加。その結果、2年で投資回収を実現しました。
資金調達においては、複数の選択肢を比較検討することが重要です。例えば、高額医療機器の導入では、購入、リース、割賦など、様々な調達方法があります。それぞれのメリット・デメリットを財務的な視点から比較し、自院に最適な方法を選択します。
具体的な例として、ある病院では5,000万円のMRI導入に際し、以下の比較検討を行いました。
- 一括購入初期投資が大きいが、7年間の総支払額は最も少ない
- リース月々の支払いは平準化されるが、総支払額は購入より15%増加
- 割賦払い初期投資を抑えられるが、金利負担により総支払額は最大
この分析結果と自院の資金状況を照らし合わせ、リースを選択しました。
これにより、運転資金への影響を最小限に抑えながら、必要な設備投資を実現しています。
補助金・助成金の活用
医療機関向けの補助金・助成金制度は、設備投資や運営費の負担軽減に有効です。
ただし、これらの制度は年度ごとに内容が変更されることも多く、最新情報の収集と計画的な申請が重要です。
例えば、医療機器等の導入支援として、以下のような制度が利用可能です。
- 地域医療介護総合確保基金による設備整備補助
- 医療機関等設備整備補助金
- 各都道府県独自の補助制度
ある診療所では、在宅医療機器の導入に際し、基金を活用することで投資額の2/3を補助金で賄うことができました。
この制度を利用するためには、地域医療への貢献度や事業計画の具体性が評価のポイントとなります。
申請に際しては、これらの要件を満たす計画を綿密に策定することが重要です。
また、人材確保・育成に関する助成金も活用価値が高いものです。例えば、特定求職者雇用開発助成金や人材開発支援助成金などが該当します。
ある病院では、新人看護師の研修プログラムに対してこれらの助成金を活用し、年間約500万円の人材育成費用を捻出しています。
実践的な改善事例
実際の医療機関における改善事例から、効果的な取り組みについて紹介します。
Case 1: 200床規模の急性期病院
《課題》
- 人件費率の上昇と材料費の増加により、経常利益率が1%を下回る状況が続いていました。
《対策》
- 勤務シフトの最適化により、時間外勤務を30%削減
- SPD(物品管理)システムの導入による在庫の適正化
- 後発医薬品の採用率を80%まで引き上げ
《結果》
- これらの取り組みにより、1年後には経常利益率が3%まで改善。創出された資金を設備投資に振り向けることが可能となりました。
Case 2: 診療所(内科・小児科)
《課題》
- 季節による収入変動が大きく、資金繰りが不安定な状況でした。
《対策》
- 予防接種と健診の予約枠を拡大
- クレジットカード決済の導入
- 経費の支払時期の調整
《結果》
- 収入の平準化が進み、月次の資金繰りが安定化。また、カード決済の導入により未収金も大幅に減少しました。
まとめ
医療機関の資金繰り改善には、収入と支出の両面からのアプローチが必要です。
特に重要なのは、医療の質を維持しながら、いかに効率的な経営を実現するかという視点です。
具体的な改善策としては
- 運転資金の適正規模の把握と管理
- 人件費・材料費の効率的な運用
- 収益源の多様化
- 計画的な設備投資と適切な資金調達
- 補助金・助成金の戦略的活用
これらの取り組みは、一時的なものではなく、継続的な改善活動として位置付けることが重要です。また、各医療機関の規模や機能に応じて、最適な方策は異なります。
本ガイドで紹介した事例を参考に、自院の状況に合わせた改善策を検討・実施することで、より安定した経営基盤の構築が可能となるでしょう。
伊東 理(いとう ただし)
辻・本郷 税理士法人 社会福祉法人部 シニアコンサルタント
2021年辻・本郷 税理士法人社会福祉法人部に入社。20年以上社会福祉法人会計に携わっており、措置費から介護保険に移行した2000年会計基準への移行支援以降、多数の種別において会計指導を担当している。
また、2008年から東京都、千葉県、埼玉県内における福祉サービス第三者評価事業にも従事しており、介護保険施設・障害施設・児童施設の福祉現場で評価を実施している。